平塚城(東京都北区)遺構はなし雰囲気はあり。平塚神社で玉串拝礼の作法を学ぶ

平塚城跡城郭・公園

北区の城跡は遺構無しの残念揃いですが、平塚城跡は上野台地の端にあり中世の城郭の雰囲気が漂います。現在は足利将軍家のご先祖の八幡太郎源義らを御祭神とする平塚神社になっています。

住所東京都北区西ケ原2丁目1−8
アクセスJR上中里駅(京浜東北線)徒歩2分
ワンポイント上中里駅は東京23区ナンバーワンの秘境駅
店と言えば神社前にスギ薬局があるくらい
リンク平塚神社公式 平塚神社|歩きたくなる街東京都北区

登城情報

平塚城跡敷地(平塚神社参道)

中世に城があったことを伝承する案内板

上中里駅からすぐに平塚神社の拝殿前に着きますが、拝殿から参道を歩いて鳥居を抜けて、本郷通りに出て歩道で振り返るとひっそり佇む案内板が目に入ります。それがここが城跡であることの唯一の記しです。

平安時代の末期に、秩父平氏庶流の豊島太郎近義という人物が平塚城という城館をつくります。鎌倉・室町時代の平塚城は、この地域の領主であった豊島家代々の居城となりましたが、文明10年(1487年)1月、泰経の時代に太田道灌によって落城してしまいます。

北区教育委員会による案内板「平塚城伝承地」

敷地は上野台地の端になり片側は崖で、天然の要塞に陣地となる城を建てたと想像できます。

遺構はありません。案内板を見逃すと単に神社に来ただけになるので、拝殿から鳥居まで結構長いですが意地でも歩いて案内板を見ましょう。

平塚城とともに歩んできた平塚神社

平塚神社拝殿

平安の奥州征伐から繋がる歴史

平塚神社の創立は平安後期元永年中といわれています。八幡太郎源義家公が奥州征伐の凱旋途中にこの地を訪れ領主の豊島太郎近義に鎧一領を下賜されました。近義は拝領した鎧を清浄な地に埋め塚を築き自分の城の鎮守としました。

御祭神と縁起|平塚神社

この塚に高さがなかったことから平塚と呼ばれ地名として定着しました。

一本の参道と拝殿からなるローカルな神社で、拝殿は通りから外れていて静寂の中にあります。

猫が無警戒にウロウロしているのでそれを愛でるのもおつなものです。

御朱印は初穂料300円で社務所にて。

平塚神社参道の猫

公式サイトに「神社のいろは」なるページが

参拝作法(二礼二拍手一礼)の解説や玉串拝礼の作法が載っています。

玉串(たまぐし)拝礼の作法
(1)玉串を受け取り、玉串の先を時計回りに回し根元を神前に向けます。
(2)玉串を案(台のこと)の上に置きます。
(3)二礼二拍手一礼でお参りします

神社のいろは|平塚神社

玉串はその場に立つと緊張して「え、どう持つの?どう回すの?(キョロキョロ)」となりがちですが、平塚神社公式には「当神社では御祈祷の際、神職がご案内いたします。安心してご参拝ください。」なんて書かれていて実に安心です。

アクセス情報

上中里駅改札のすぐ前の坂道の途中に神社拝殿へ上る階段があります

駅前の坂には「蝉坂(せみざか)」という表示板が立っています。

坂を少し進むと階段があり、その階段の上が平塚神社の拝殿となります。駅から数分で着きます。

鳥居から拝殿までの参道沿いに数台分の駐車スペースがあります。

寄り道情報

秘境駅上中里を堪能しましょう。尾久車両センターも

大宮、東京、横浜を結ぶ京浜東北線の沿線は途切れなくビルやマンションが建ち並びますが、上中里駅はその風景が途切れる場所になります。

改札を出て南が神社ですが、反対方向の北に繋がる連絡通路を抜けてエレベーターで降りてみましょう。

ここ京浜東北線の駅前だよね?と呆気にとられるほど寂れた雰囲気の町並みが目の前に現れます。

鉄道好きはそのまま真っ直ぐJR東日本尾久車両センターまで歩き、鉄道車両を堪能しましょう。

JR東日本尾久車両センター

旧古河庭園をのんびり散策

開園時間9時~17時。入場は16時半まで
入場料大人150円
洋館見学(10時半、13時、14時半)をする場合は+800円
休園日年末年始。2021年3月7日まで休園中

普通は観光の目的地は平塚城ではなくこちらになりますね。平塚神社前の交差点を渡るとそこは庭園の外壁になります。神社前から庭園正門まで徒歩数分です。

鹿鳴館を設計したイギリス人コンドル氏によるバラ園と洋館。更には日本庭園。広い園内に見所が分散して配置され、一人一人がゆったり散策しながら穏やかに時を過ごせます。入場料がすごく安く感じられる素晴らしい庭園です。

外部リンク>> 見どころ|旧古河庭園|公園へ行こう!

緊急事態宣言を受けて2021年3月7日まで休園中です。

旧古河庭園正門

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